ザ・ヒストリー
人それぞれ、いろいろな人生を送ってきたわけです。
岡本顧問事務所の代表である私にもいろんなことがあっての今なのですね。
この業界において皆さんの知らない事を沢山経験してきましたのでそれを歴史として書いて行く事にしましょうね。
他人の人生ですが、これから住宅を建築されようと思われる方々には必ずプラスになる事も沢山あると思いますよ。
それでは始めましょう。
前回の続きを書いて行きましょうね。
9月に入社が決まり、初出勤の日から驚きの連続でした。
私はサラリーマンとしては大企業の本部施設だけが出勤場所だったので会社の事務所とは、そんな所だとしか知りませんでしたが一条工務店はまったく違っていたのに驚いたわけです。
そもそも、一条工務店には営業事務所はありません。
事務所としての建物や部屋が無いのですね。
住宅展示場の一室を事務所にしているのです。
伊丹の住宅公園内に建築途中の住宅展示場の一階の一部屋が事務所だったのですね。
当然ながら、広い部屋ではありません。
畳数は憶えていませんが8帖から10帖程度だったように思います。
まず、出勤場所に驚いたわけですね。
また、建築途中だったこともあり、建物の外観は出来ていますが内装は途中でした。
事務所部だけは、従業員が常駐する為に先に内装を作られたようですが、照明と電気コンセントだけが生きている状態でエアコンなどは動きません。
私が出社した日には、同時に採用された人が2人いました。
また、私達よりも一月程度先に採用された中途の方が数名いました。
そんなカルチャーショックから始まった私の住宅営業ライフ、とにかく何もかもが新鮮でした。
先輩達にいろいろと教えてもらいながら仕事を覚えて行く事になるのですが、とにかく覚える事ばかりなので大学受験並みに毎日勉強勉強の日々が続きます。
会社の事から木造建築の一般常識、住宅営業の基本的スキルから社内ルールまで、一日中、課題本を読み漁る感じです。
そして、毎週、テストがあるのですね。
一条は入社後は、毎週、何を覚えて何をするのかがカリキュラム化されています。
そして、毎週確認テストがあります。
そのテストの結果はホワイトボードに書かれて、毎週のように営業所長がそれをみて、嫌味を言うのですね。
初めての事ばかりでしたので、すごく新鮮で楽しかったです。
職場環境は過酷でした。
9月の残暑が厳しい中、窓だけを開け、扇風機の風だけを頼りに狭い事務所に7,8人、多い時には10人以上がもくもくと勉強をしていました。机も椅子も当時でも時代遅れのビジネスデスクと壊れかけたビジネス・チェアーです。しかも、何処かの解体した展示場からの引き上げ品だったそうです。
従業員にはお金をかけないというのが、当時の考え方だったようです。
そして、建築中の音や埃が蔓延している建物の中で掃除などをしながら、日々勉強が続きます。
しばらくすると同輩達とも対話が弾むようになってきました。
この伊丹展示場以外にも同時期に川西にも同型モデルの展示場をオープンさせるとの事でした。
その川西には本部機能を持たせるようで、工事部隊と設計部隊を常駐させるようでした。
と言っても同じ大きさの住宅展示場内の一部屋を事務所にするのは同じようなのですが・・
同じように中途採用者も何名かいるとの事でした。
この阪神営業所は、新規に作られた営業所でしたが一条工務店の正社員と我々中途社員で構成されています。
一条は中途採用者が多い事はこの時も同様でした。
学生上がりで社員になった人達と中途で採用された人達がミックスされている状況でした。
新しい営業所に来た社員達も同じようにこの営業所長が選別してきたようです。
どの営業所も同じなのですが、優秀な営業マンを外に出したがりません。
つまりこの新しい営業所には、新人と他から放出された営業マンと未経験の中途採用者だけで構成されていたのですね。
今から考えるとすごいチャレンジだったわけです。
しかし、この成果は数年後に出ます。
全国でもトップクラスの営業所になるわけですからね。
とそんな状況で始まった私の住宅営業ライフ。
まだまだ、いろいろな事が出てくるのですね。
その話は、また次回に。
岡本顧問事務所は、建築業者・ハウスメーカー向けには、営業戦略・営業教育の営業顧問業務を行い、また、一般の方向けには新築住宅・注文住宅相談所として個人宅建築計画すべてに関して、指導・サポート業務を行う住宅建築における専門家、住宅コンサルタント・住宅建築アドバイザーです。
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住宅コンサルタント 住宅アドバイザー 住宅プロデューサー